決行はその日の夜になった。
「よし!それじゃあ行くか!」
昨日はあまり眠れないと思っていたのだが、ヨザックに会えてほっとしたのか、昨夜は自分でも驚くほどぐっすりと眠れた。そのおかげで昼近くまで寝坊してしまったのだが、そのおかげで今はすっかり目が冴えている。
「あれ?ヨザックどこ行ったんだ?」
くるりと目をやるが、どこにも姿が見えない。首を傾げていると、カランとお店のドアが開き、見慣れた姿が現れた。
「ヨザックどこ行ってたんだよっ!」
「すいません。ちょっと野暮用がありまして。」
「何だよ、野暮用って。まぁいいや、とにかく今日は大事な日なんだからな、気を抜くなよ。」
「仰せのままに。」
うやうやしく礼をする彼が、いつもの彼の様子と違うことにそのときの俺は気づいていなかった。
頭を占めるのは、城内にいる大切な人のこと。
――――――コンラッドっ!今助けに行くからなっ!!――――――
外に出て、見上げた空に星は・・・・・、見えなかった。
「じゃあ俺について来て下さいね。」
城に着くなりヨザックはそう言って城内へと入って行った。あわてて自分もそれに続く。
廊下にかつかつと二人の足音が響き渡る。
いつもの陽気な彼にしては珍しく何も口にしなかった。
カツカツカツカツカツ。
先に部屋らしきものは見えない
カツカツカツカツカツ。
「な、なぁヨザックまだ着かないのか?」
「もぅ少しですよ。」
だが、先には同じように廊下が繋がっているだけだ。
―――――――まぁ、ヨザックについて行けば大丈夫だろ。―――――――
この諜報員の腕を誰よりも信じているのは、きっと自分だから。
だが、それから何分経っても一向に目的地には着かない。ヨザックに問いかけても返ってくる答えはいつも同じで、「もうすぐですよ。」だった。
―――――――何かがおかしい。―――――――
そう気づき始めたのは、歩き始めて数十分経った頃だった。前を歩くヨザックは相変わらず前を見つめたままだ。
誰かが自分の居場所にいるとなると、そこはきっと以前自分が使っていた私室であるか、謁見の間のハズだ。いまは夜なので前者の可能性の方が高い。
眼前にはそれらしき部屋どころか、何も見えない。
「な、なぁヨザック、まだかなぁ?」
「もう少しですよ。」
何度目かの返答を口にするヨザックの顔をちらりと盗み見する。
「・・・・・っ!!」
よく知る彼はいつもの陽気な顔でなく、獣の瞳をしていた。
―――――――どうしてっ!―――――――
膝ががくがくと震えだす。
―――――――信じてたのにっ!!―――――――
今来た曲がり角をものすごい勢いで引き返す。背後でヨザックが何か叫んでいる。と、同時に廊下に何人もの足音が響きだした。
ヨザックの腕は誰よりも知っている。だから自分が彼から逃げられないことも知っている。だけど、あの場にはもぅいられなかった。
彼は自分を全く信用していなかったのだ。
背後から兵士達の足音が聞こえてくる。
頬に冷たい雫が伝う。
―――――――どうしてっ!―――――――
廊下を無我夢中で駆け巡る。
「・・・・・・っ!!」
曲がり角を曲がった所で、突如暗闇から手が伸びてきた。口をふさがれズルズルと室内に引き込まれる。
―――――――捕まったっ!!―――――――
けれど抵抗する気にもなれない。ただひたすら涙が頬を伝う。
「・・・・何をしているんだ、こんな所で。」
問いかけられた声は、自分のよく知るもので、ふさがれた手は何よりも暖かかった。
ゆっくりと振り返る。
そこには自分が予想したとおりの人物がたっていた。
「コンラッド・・・・。」
暗闇の中でも、銀の虹彩は光り輝いていた。