When you lose it...第4話
夜、赤城山。 いえ、ややこしくしてるのはあなたです。
「啓介、お前プロジェクトDとかってやつはもういいのかよ?」
色素の抜けた金の髪に耳に数個のピアスをつけた男が、チャリンとバイクのキーを手の中でもて遊びながら隣にいる人物に声をかけた。
「・・・・・・・・・・うっせーな、お前に関係ねーだろ。」
そう言い放つと、隣にいた男、啓介は話題を変えろとばかりに男を睨みつけた。
しかし、睨まれた男の方はそれを気にした風はなく、ニヤニヤといった笑いを浮かべるとドサリとその肩に腕を回した。
「ま、俺たちとしては理由がなんにしろ、お前が戻ってきてくれて嬉しいけどさ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「前みたいに楽しくやろうぜ。」
そう言ってニッと笑う男の言葉に否定も肯定もすることなくただ視線を逸らすと、啓介はじっと黙って地面を見つめた。
これからの遠征のことで話があるということで、拓海は涼介に赤城まで呼び出されていた。
そしてだいたいの話が終わったあと、キョロキョロと辺りを見回すと拓海はそっと口を開いた。
「あの、涼介さん・・・・その・・・・啓介さんは?」
「今日も来ていないようだ。まったくどこをほっつき歩いているんだか。最近はあまり家にいないことが多くてな。」
「そうですか・・・・・・。」
「啓介のことだ、すぐに何もなかったようにまた顔を出すさ。」
しゅんとした様子で俯く拓海を元気付けるかのように微笑を浮かべると涼介は明るく言った。
「そうです、ね・・・・・。」
「お前は何も気にするな。とりあえず遠征はハチロクが完璧に直ってから再開するからそれまでゆっくり休んでおけよ。」
「・・・・・・・・はい。」
そう言ってどこか気落ちした様子で拓海がとぼとぼと去って行くと、その背後でずっとタイミングを図っていた史裕が声をかけた。
「涼介、ちょっといいか?」
「史裕か。どうした?」
その言葉に周囲をキョロキョロと見回した後、辺りに誰もいないのを確認してから
すこしためらいながら史裕は口を開いた。
「啓介のことなんだが・・・・ちょっとよからぬ噂を聞いてな。お前の耳にも入れておこうと思って。」
「どんな噂だ?」
思わず涼介の眉がピクリと動く。
「それが・・・・・・・どうも啓介のやつ昔の仲間とまたつるんでるらしいんだ。」
「本当か?」
「あぁ、しかもちょっとガラの悪い方らしくてな。バイクに乗って走ってるところを見たって言う奴がいるんだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・どうする?」
じっと黙り込んでしまった涼介を心配そうに見る。
「・・・・・・・あいつだってガキじゃないんだ。自分の進むべき道くらい自分で決めるだろう。」
「それじゃあ啓介をあのまま放っておくということか?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「次の遠征まで日はあるにしても、啓介抜きでバトルに勝つのは難しいぞ。まぁ、そんなことお前が一番分ってると思うけど。」
その言葉に考え込むように軽く目を伏せた後、涼介は静かに口を開いた。
「・・・・・・・・少し考えておく。それよりもこのことは藤原の耳には入れるなよ。
今でさえ張り詰めた顔をしているんだ。これ以上の負担はかけたくない。」
「分かった。」
何となく拓海の異変に気づいていた史裕は何も聞かずにただその言葉に頷いた。
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「ふぅ・・・・・。」
家に着くなり、拓海はゴロリとベッドに横になった。と、同時にどっと疲れが押し寄せてくる。
だけど、不思議なことに何故か眠気は襲ってこない。普段の自分からは考えられないことだ。
そうして何もする気がおきずぼんやりと天井を眺めているとふと、あのハチロクを壊してしまった日のことが脳裏に蘇った。
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『なぁなぁ、啓介さん何処行ったか知らねー?』
それまで涼介の胸に顔を埋めていた拓海は遠くから聞こえてきたケンタの声にはっと我に返り、慌てて体を離した。
『す、すいませんっ!!』
『気にするな。それより何かあったのか?』
『・・・・・・・・・。』
黙り込んでしまった拓海に涼介がフォローを出す。
『俺に言いにくいことなら言わなくてもいい。』
『・・・・・・すいません。』
『俺に謝ることなんて何もないだろう。
それより何があったのかは知らないが、それでも何かあった時は遠慮なく言えよ。相談くらいなら俺にものれるだろうからな。』
そう言ってふわりと頭を撫でてくれる涼介にまたしても目頭が熱くなってしまい、拓海は思わずそれを隠すように下を俯いて小さく頷いた。
『・・・・・・・・・ありがとうございます。』
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あの時、何も聞かずにいてくれた涼介さんには本当に感謝の仕様が無い。
でも、このことばっかりは何を言われようとも、打ち明けるわけにはいかなかった。
それに問題なのはこの後からで、何故かあの日以来啓介さんは、Dの集まりにも練習先にも来なくなった。
中村さんの話では、最近では赤城を走っているのさえも見かけたことがないそうだ。
もしかすると呆れられたのかもしれない。
自分から走りを取ったら何も残らないことくらい自覚している。
それでも・・・・・、あの人のことが脳裏から離れない。
――――――――あの人は今一体どこで何をしているんだろう・・・・・・。
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カタ カタ カタ
静まり返った部屋の中に、キーボードを打つ音だけが響き渡る。
「・・・・・・・ふぅ。」
小さく息をつくとパソコンの画面から目を離し、涼介はギシっと背もたれに体を預けた。
と、その時ふと玄関の方から何か物音がするのが聞こえ、思わず時計を見ると針はとっくに0時を回っている。
――――――――何だ?こんな時間に
不思議に思いつつ、そっと階段を下りて行くと玄関のほうに見知った背中が目に入った。
「こんな時間にどこに行くんだ?」
「アニキっ!」
予想外だったのだろうか、ドアノブに手をかけ今にも出かけようとしていた啓介が驚いた表情で振り返る。
「史裕から聞いたぞ。また昔の奴らと付き合い始めたんだって?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
少し咎めるような涼介の声にじっと黙り込む。
「遠征はどうするんだ?最近練習もしていないんだろう?」
「っ!アニキにはかんけーねーだろ?!!!」
滅多に、というかほとんど聞いたことがなかった啓介の怒鳴り声に思わず目を見張る。
「アニキは藤原とでも仲良くやってろよ!!」
「藤原?」
予想外の言葉に思わず聞き返す。
「・・・・・・っ、なんでもねぇ!」
そう言って怒鳴ると啓介はそのまま外へ飛び出した。
バタンと大きく音を立てて扉が閉まる。
――――――――どうも少しややこしいことになっているみたいだな
啓介が消えていった扉を見つめると、涼介は誰もいなくなった玄関で一人考え込んだ。