When you lose it...第6話
瞳を腫らして帰って来た拓海を見るなり、文太はただ僅かに眉を顰めた後「ご苦労だったな」と言うとその後は何も言わなかった。
目の前を次々と車が走り去って行く姿をじっと見つめながら、啓介は止めてあるバイクに背を持たれかけさせると、
ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
ゆっくりと舞い上がる白煙の中、別れ際に見た今にも泣きそうな顔をした拓海の表情が蘇る。
――――――何でんな顔するんだよ・・・俺なんて放っておけばいいだろ
ふっ切ろうと思ってもどうしても忘れることができない。
分かっていた。
藤原がアニキを見るときだけはいつもどこか普通の人とは違う顔
を見せていることも。兄貴なら藤原を大切にするってことも、兄貴なら絶対に藤
原を泣かせたりなんかしないことも、・・・・・・全部分かってる。
それでも・・・・・頭では分かっていてもどうしても納得することが出来ない。
「俺は一体どうすればいいんだ・・・・・?」
手に入れたいものはすでに他の人のものだっていうのに・・・・。
部屋に入りどさりとかばんを放りなげると、そのまま何も言わずにベッドに倒れこむ。
―――――――気付いてしまった
いや、本当はずっと気がついていた。
あの日あの人に秋名の山で「好きだ」と言われた時にはもうすでに。
それでも今の関係が心地よくてそれが壊れてしまうのが恐くて、逃げてしまった。
―――――――その結果がこれだ・・・・・。
ジンと熱を放つ瞼をひんやりと冷たい手で覆う。
こうなることを望んでいたわけじゃない。けれどこうしてしまったのは・・・・俺だ。
今も目に焼きついている全てを拒絶するような目と、『関係ない』という言葉・・・・・・・。
―――――――もう全部終わったことだ・・・・・。
そう思ってごろりと寝返りをうっても、脳裏に浮かぶのはさっき見た見慣れぬ二輪に、自分の知らない誰か。
あの人がいなくなっただけで何も出来なくなってしまった俺と違ってあの人の居場所はどこにでもある。
そんなことDにいる頃からずっと知っていたはずなのに、何故かあの人が
俺が入れない場所にいるということがこんなにも――――辛い。
こうなる前は知らなかった、こんなにもあの人の事が好きだったなんて。
当たり前みたいにあの人が傍にいて、いなくなるなんてことを想像すらしたことが無かったから。
何度も何度も終わったことだと忘れようとしても蘇るのは、子供みたいに笑うあの人の笑顔。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
分かってるんだ、もうどうすることも出来ないってことも。
あの人にとって俺はもう過去のことだってことも。
―――――――全部、分かっている・・・・・・・・・
それでも・・・・・・・・・、
ふと視線を横にずらすと、ベッドの脇に置いてあった携帯電話が目に入った。
あの日以来一度もあの人からはかかってきたことも、かけたこともなかった。
いや、あの日からだけじゃなくてそれよりもずっと前も、自分からあの人にかけたことは一度だってなかった。
「・・・・・・・・・・・・・」
少しも鳴る気配を見せない携帯電話をただじっと見つめる。
思い返せば携帯電話だけじゃなくて、話をするのも、何か約束をするのだって、いつもあの人からで、オレはずっとあの人に甘えてた。
どこか怯えるようにゆっくりと手を伸ばし、それを手に取ると、アドレス帳から『高橋啓介』という名前を呼び出す。
―――――もう、だめかもしれない
そんなことは分かってる。だけど最後に一度くらいは自分から動きたかった。
たとえもう過去のことだと言われても、迷惑だと思われても、
―――――それでも・・・
ぎゅっと携帯電話を握り締め、大きく息を吐いた後、拓海は意を決したように通話ボタンを押した。
ドキドキと鳴る鼓動を抑えて、受話器の向こうの雰囲気を探っていた瞬間、
『この番号は現在使われていないか、電源が入っていない為かかりません。』
受話器から響いてきた無機質な声に呆然とする。
「・・・・・・俺とは話しもしたくないってことなのかな・・・・」
思わず熱くなる目頭を押さえると、拓海はブンブンと首を振った。
「・・・・こんなことで諦めるかっ!」
そう叫ぶと、アドレス帳の中からもう一つの名前を探し出し、拓海はボタンを押した。
耳に響くコール音がいつもより早く聞こえる。
『はい』
「あ、あの俺ですけど・・・っ」
罵られるかもしれない、いや、視界にすら入れてくれないかもしれない。
だけど・・・
「啓介さんが今どこにいるか分かりますか?涼介さん」
それでも俺は・・・・・あの人のことが好きなんだ
一人自室でパソコンに向かっていた涼介は、突如鳴り響いた携帯の着信音に手を止めた。
―――――――誰だ・・・?
そう思い携帯へ手を伸ばすと、そこに表示された名前に目を見張った。
―――――――藤原?
まさかまた啓介と何かあったのだろうかと思い、顔には出さなかったが内心焦りながら通話ボタンを押す。
「はい。」
『あ、あの・・・俺ですけど。』
少し遠慮がちな藤原の言葉に何があったのだろうかと首を捻る。だが、次に言われた言葉に涼介は目を見張った。
『その・・・・・・・啓介さんが今どこにいるか分かりますか?涼介さん。』
「啓介が?」
『はい。』
「・・・・・・理由を聞いてもいいか?」
そう尋ねるとしばらく沈黙した後、藤原はゆっくりと口を開いた。
『あの・・・俺、気づいたんです・・・・・・・だから・・・・・今度は俺が動かないと。本当はもう遅いって分かってるんです。だけど・・・どうしても言いたくて・・・』
「・・・・・・・・・・・。」
『ってすみません何言ってるのか分りませんよね。』
「・・・・・・いや、分かった。」
僅かに瞼を伏せると、涼介は小さく微笑を浮かべた。
「お前が思う通りに動いてみればいい。頑張れよ。」
『・・・・・はいっ!』
「啓介は今家にはいないから恐らくは・・・、」
そう言って思いつく限りの啓介がいそうな場所を数箇所上げて電話を切ったが、涼介には一つだけ気がかりなことがあった。
―――――――藤原に教えた場所は確かに啓介がいそうな場所なのだが
中には少しガラの悪い場所がある。
―――――――大丈夫だろうか?
まぁ、万が一のことがあっても啓介が何とかするだろう。
そう考えて涼介はどこか肩の荷が下りたような気持ちで再びパソコンへと向かった。
この判断が後に大きな誤算を生むことを知らずに・・・・・・・・。
啓介が、というより拓海が頑張ってます。
う~んこのままじゃあ啓介いい所を見せずに終わりそ・・・・い、いや次こそは
きっと!!!